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ミリしらで書いたニンアタ小説です。まじでカップリングどころか両キャラとも1ミリも知らない状態で書きました。本当になんでも許せる方のみお読みください。

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群衆は新たな大王の誕生に歓喜し、もはや敗者の沈むリングを顧みる者は一人としていない。先程までここで繰り広げられていた激闘も、今はもう過去である。新時代の幕開けに、昔語りは必要無い。過ぎ去った時の中で敗れ去った者も。その者が費やしてきたこれまでの人生も。

己以外の者に捧げられる歓声を遠くに聴きながら、アタルはキャンバスの中心で、敗れた瞬間のままの姿勢で、ただ中空を見つめていた。

アタルにとっても、そして超人界にとっても、この大番狂わせは青天の霹靂と表していいはずだった。しかし空には雷鳴の気配すらもなく、天はただ、雲一つ混じらぬ青を映すばかりであった。この青一色の空のように、ただ、今起きていることだけが全てなのだと。たとえそれが、かつては誰も予想していなかった「未来」だったとしても、それだけが、ただ一つの「現実(いま)」なのだと。

それだけが世界の現実であるならば、それ以外の未来しかなかった自分の居場所は、この天の下にはない。

アタルにとって、自分はずっと「いずれ大王となる者」であった。それ以外の自分は考えたことも無かった。驕っていたわけではない。人生の全てを賭して、それに見合うだけの努力と研鑽を積み上げてきた。その未来を確実なものとするべく。その未来で良き王として在るべく。そのどちらも易き道ではないことは分かっていた。しかしそれでも、自分はそう在れるという自負があった。自分はそう在るべきだという使命感もあった。その為に自分は生まれてきたのだと、そう思っていた。

しかし、自分は敗北した。たった一つの未来は現実にはならず、幻想(ゆめ)となって消えた。自分の生きる意味と共に。

絶望のようなものは、不思議と無かった。あっけらかんと広がる青空は、喪失感すらも抱くことを許さない。

それに――

弟と、自分。王として、弟が自分よりも勝っているものなど無いと、敗北した今でも思う。弟を蔑んでいるのではない。王となる為に生まれ、王となる為に人生を歩んできた自分と、そうではない弟。それで良いと思っていた。弟は弟で、自由に生きてゆけば良いと思っていた。弟が生きる世界を良きものにしたいと思ったし――弟が、リングの横から、王になるべく闘う自分にエールを送ってくれたら――それは少し、嬉しいと思った。

しかし、弟はリングの上に現れた。自分の前に立ちはだかった。

そうして、自分を倒した。自分の全てを奪っていった。

それなのに、キャンバスに沈む直前、自分の胸に過ったのは、屈辱でも、敗北感でも無かった。驚愕ですら無かった。

――がんばれ、スグル。

そうだ、確かにそう思ったのだ。

あの時悟ったのは、自分の敗北では無かった。自分の未来の喪失では無かった。悟ったのは、大王となった弟が治める、世界の未来だった。

何故。自分には、たった一つの未来しか無かったはずなのに。たった一つの未来しか許されていなかったはずなのに。

「『空に吸はれし』と言うには、些か齢がゆきすぎておるな」

ふと、青空に声が紛れた。音もなく、ふわりと気配だけが傍らに降り立った。